大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

千葉家庭裁判所館山支部 昭和46年(家)453号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

〔要旨〕申立人の申立の要旨は、亡井上トキは昭和四〇年二月五日死亡し、その遺産は別紙相続財産目録記載のとおりであつたが(以下単に相続財産という)、相続人が不明のため、相続財産管理人が選任され、所定の手続きを経たが相続人が現われなかつた。

被相続人は申立人の叔父井上嘉一の妻すなわち義理の叔母に当る。申立人は叔父井上嘉一の世話になつた関係もあり、親しく交際していた。被相続人夫婦には一男三女があつたが、次々に死亡し、その間夫嘉一も死亡し、昭和二六年に長男が死亡後は、被相続人は独りで長男の恩給により生活していたが、それでは生活費に不十分で、申立人がしばしば補助していた。被相続人は昭和三九年一一月末頃から病気が悪化し、入院加療したが、昭和四〇年二月五日死亡した。その間申立人夫婦はその看護に当り、死亡後は葬儀等一切を行い、その後の祭祀を行つて来ている。このように、申立人は被相続人の晩年には精神的、物質的援助、助力をして来た特別縁故者であるから、被相続人の相続財産の分与を求める、というのである。

本件記録、調査官の報告書並びに本件に関係のある相続財産管理人選任事件記録(昭和四五年(家)第二二七号)、相続人捜索の公告事件記録(昭和四五年(家)第六四八号)を総合すると、申立人主張の上記事実は認めることができる。すなわち、被相続人の遺産は別紙相続財産目録のとおり、第一の土地については全部、第二の土地については持分一八分の一であり、昭和四五年四月二四日相続財産管理人として小沢近が選任され、所定の手続を経て、昭和四六月六月三〇日までに届出るよう相続権主張の催告がなされたが、期限までに相続人が現われなかつた。そして申立人は昭和四六年八月二七日特別縁故者として相続財産分与の申立をした。申立人は、被相続人夫婦の世話になつたこともあり、被相続人母子の世話をしており、特に被相続人が独りになつてからは物心両面の援助をし、病気中はその看病をし、死亡後も葬儀その他一切の世話をしていた。これら認定の事実によれば、申立人に対し、特別縁故者として、被相続人の相続財産を分与するのも相当と認められる。

ところで、本件記録によると、相続財産の内第二の不動産は部落の人々の共有であつて、被相続人の持分は一八分の一であることが認められる。民法二五五条には、共有者の一人が相続人なくして死亡したときは、その持分は当然他の共有者に帰属することが規定されている。そこで、共有者の一人が相続人なくして死亡したときは、その持分について、特別縁故者に対し相続財産分与ができないのかどうかについては説が分れている。このような場合、特別縁故者を保護する趣旨で相続財産分与制度を設けた精神により、分与請求権を優先させるべきであるとの有力な説もあるが、民法二五五条による共有持分の共有者に移転する時期は、相続人の存在しないことが法律手続上確定したときであり、そのときに法律上当然に移転するものと解するのが相当である。従つて、その共有持分については、特別縁故者への分与の対象とはならない。よつて、申立人の共有持分についての分与請求は不適法である。

以上のとおりであるから、相続財産中、第一の遺産については財産を分与することとし、第二の遺産については、分与の申立は不適法であるから却下することにする。 (稲垣正三)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!